困ったなぁどうしようかなぁ、などと誰に聞かせるでもなく呟くその足元には、学園の制服だとかスーツだとかが乱雑に散らばっていて、虎鉄はその真ん中に胡坐をかいて最早彼のトレードマークと言ってもいいよれよれのコートや髪を弄っているのだった。
「ううむ……」
もう日も傾き始めた寮の廊下を、天野・夏優は歩いていた。
今日も今日とて口煩い(勿論主観である)妹から逃げてきたところである。
深緑色のコートを羽織った彼は、どこか妹に見付からないところでほとぼりが冷めるまで時間を潰すかなー、などと考えながら寮内をブラブラしていたのであった。
すると。

「………」
――おい、今なんか通ったぞ。
「って、ちょっと待てー!!」
「うん? なにか~?」
振り返った変態(外見的な意味で)は、どうやら同じ寮生である鳳凰堂・虎鉄であるらしかった。
いや、多分。
鳳凰堂・虎鉄っぽい気がしないでもないないでもないでもない誰かだった。
「やぁ、これはこれは夏優さん。どうかしましたかぁ?」
「どうかしてるのはお前じゃ! なんだよその格好は!!」
割と付き合いの長いこの友人が珍妙奇天烈な行動を好む事を夏優は知っていたが、さすがに外見までブッ飛ぶ事があるとは思っていなかった。
一方、指摘された変質者(メイビー虎鉄)はといえば、不思議そうに自分の格好を眺めていたりする。
どうやら、自分の格好の何について言及されたのか理解できていないらしかった。
そのまましばらく襟元を直してみたり袖を合わせてみたりしていたのだが、ようやく納得がいったのか、彼はポン、と手を打つと。
「あぁ、しまったシャツが後ろ前でした」
「違う!! そういう事じゃあない!!」
オゥシット、と頭を抱える変態(ニアリー虎鉄)とすかさずツッコミを入れる夏優。
「はて? ではなんでしょーか~?」
「いや、だからなんでそんな格好してるんだ、って聞いてるんだよ!」
「イメチェンです」
「イメチェン!?」
「お洒落でしょう?」
あはー、と能天気に笑う虎鉄っぽい変人。
どうやらマジで言っているらしかった。
――駄目だこいつ、早くなんとかしないと……
と夏優が思ったかどうかはともかく。
「あのな……お前、それはなにかが違うと思うぞ?」
「はて? 似合ってませんかねぇ?」
「似合う以前の問題だな」
「うーん、エレガント路線で決めてみたんですけどねぇ」
「なんかヤバい薬でもキまってるみたいだからやめろ」
暖簾に腕押しである。
この男、どうやら本気で自分の格好に疑いを持っていないらしい。
――まぁ、こんな学園だしなぁ。
と夏優は内心で溜息をつく。
なにせメイドやら巫女やら神父やらが平然とウロついているような学校だ。
そう考えればこの奇人(ライク虎鉄)の格好もそれほど浮いている訳ではないのかもしれない訳が無いな嘘をつきましたごめんなさいぶっちゃけありえねーわ。
句読点すらなしでセルフツッコミを入れた夏優は、とりあえず攻め方を変えてみる事にした。
「まぁ、なんだな。あれだ、お前はもっとこう……ワイルドな感じの方が似合ってると思うぞ?」
「ワイルドな感じ、ですかぁ?」
「ああ。荒々しい、っつーか大雑把な感じだな」
ほうほう、と割かし真剣に相槌を打つ虎鉄(?)
その様子から、とりあえず虎鉄(らしき不審者)は考え直したらしい、と安堵の溜息をつく夏優。
その肩に。
「あら、こんなところにいらっしゃったのですね、兄さん?」
冥府へ招くような声がかかった。
「なんだか騒いでいらしたので見つけるが楽でしたわ。うふふ、まさか逃亡中に大声で叫ぶだなんて凡ミスを兄さんがやらかしてくれるだなんて……少し甘くなったんじゃないかしら?」
「あ、な、違っ、これは――こ、虎鉄! 助けてくれ!!」
と夏優が視線を向けた先には。
ぽつーん、と。
誰もいない廊下だけが残っていて………
さて、そこから先の顛末は語るまでもない。
兄(エモノ)を捕らえた妹(カリュウド)は、心ゆくまでその断末魔を楽しむだろう。
――そして翌日。
「ううむ……」
朝の廊下を、紅月・光也は歩いていた。
もうすっかり冬という事なのか、最近は朝夕の冷え込みが激しい。
着替えを済ませたばかりの光也は、自分の体を抱きしめるようにしながら、なかなか温まってくれないスーツとシャツの生地に不条理な不満を覚えつつ食堂に向かっているところであった。
すると。

「………」
――なんか出た。
「って、ちょっと待った!!」
「あん?」
振り返った武侠の輩はどうやら同じ寮生で一学年先輩の鳳凰堂・虎鉄であるらしかった。
いや、おそらく。
そんな可能性も万が一にはあるのかも知れないかも知れないかも知れない気がする。
「なんだ、光也じゃあねぇか。どうかしたか?」
――どうかしてるのはあんたの頭だ!
と口にできるほど紅月・光也はツッコミ機能が充実していない。
スラップスティックになれていない、と言い換えてもいい。
その代わりと言う訳でもないだろうけれど、とりあえず彼は聞いてみる事にした。
「あー……えっと、その格好はどうしたんですか?」
「あん? ああ、イメチェンだ」
「そんな! 口調まで変わってる!?」
前言撤回。
彼は十分にツッコミ気質であった。
「ふふん、昨日夏優から『もっとワイルドな方が似合う』と言われたんでな」
ニヤリ、と笑ってみせる凶徒……もとい虎鉄。
そのあまりにも自信満々な態度に、光也は「あの野郎、なんて余計な事を」と思わずにはいられなかったが、昨日の虎鉄の格好を知っていればサムズアップと共に「GJ!」と言っていたかも知れないなんて事があるはずないよねだって昨日とどっこいどっこいだもんねこれほんとすいませんでした。
やっぱり句読点なしのセルフツッコミを行う光也に、なにを思ったのか虎鉄に見えない事もない戦闘狂はますます笑みを深くして、言った。
「どうだ、格好良いだろう」
「ぇ゛」
思わず口篭る光也。
彼はここで迷いなく「絶対にノゥ!」と言い切れるほど遠慮のない人間ではなかった。
――けど、こんなのに寮内をウロつかれてもなぁ。
なんか曲がり角で突然であったら反射的に殴り倒しかねない。
という訳で、とりあえず説得を試みる事にしたらしい。
「あー、その……いや、今の格好も悪くは無い………と、思わないこともないですけど……」
「けど?」
「いや、その……べ、別にイメチェンとかしなくても、先輩は先輩の持ち味を生かすのも大切かなー、って思わないでもないかなー、って」
「ほほぅ?」
それも一理あるな、と割と素直に頷くツンツン頭。
で、畳み掛けるように「でしょう?」と追い打ちをかける光也。
割と必死であった。
「ふむ……それもそうだな。よし、じゃあ元に戻してくる」
その甲斐あってか、虎鉄(ノット魔獣)はもと来た道を帰っていった。
どうやら自室に帰って着替えてくるつもりらしい。
その背中を見送って、光也はなんかすっごい疲れた溜息をついた。
「まったく……」
――なに浮かれてるんだろう、あの人。
そう口には出さず呟いて、光也もまた食堂に向かおうと歩き出し――ゴスッ!!
なにやら実に鈍い音に振り返ってみれば、なにか向こうの方の曲がり角あたりでグラリ、と倒れていく長身の影が見えたような気がした。
続いて。
「うわぁ! 曲がり角で突然変なのが出てきたから反射的に殴り倒してしまった――って虎鉄クン!? ちょっ、しっかりしたまえ! あぁっ、脈が! 息をするんだ!! だ、誰かー!!」
なんか聞き覚えのある悲鳴から逃げ出すように、光也は全力で駆け出した。
終劇~ギャフン~
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