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【IF Another despair side:s】 幸福と絶望


という訳で、書かない書かないと言っていた
“葬失”の過去編です。
ちょっと重いです。
所詮私の文章力じゃあ大したダメージはありませんが、一応ご注意を。

あ、あと共演者は誰でもありません。
心当たりがある方は「あの娘かな?」とか勝手に想像して
悶えてください。

では、どうぞ。


「いいお天気ですねぇ」
 暢気そのもの、とでも表現するしかない声が朱(アカ)い空に上っていく。
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ
「こんな日は風も気持ちいいものです」
 砂塵を含んだ荒々しい風を受けて的外れな感想を漏らす。
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ
「きっとお散歩とかしたら気持ちいいですよ~?」
 微笑みと共に語られる言葉はとても優しく、慈しみに満ちていた。
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ
「ほら、たまには一緒にいかがですか?」
 お姫様をダンスに誘う王子様のように、手を差し伸べる。
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ 
「――さ………あれ?」
 そのまま、螺子の切れた人形のように動きを止める。
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ
「おかしいなぁ……」
 微笑だけはそのままに首を傾げ
ばりばりぼりぼりごきごきぐちゃぐちゃ

「私は――を―――たんでしたっけ?」

 誰もいない虚空へと手を伸ばしたまま、ソレは呟いた。
 朱い空に、咀嚼音だけが止む事無く響いていた。


●     ●     ●  



【20XX年 封鎖特区 横浜】

 始まりにして終わりの地、鎌倉。
 世界結界はもはや意味をなさず、
 敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
 そのすぐ隣に存在する特区。
 終末のお隣さん、とも揶揄されるもう一つの封鎖特区。
【封鎖特区・横浜】
 この物語は、世界の終りの一歩手前で紡がれる。
 それはまだ、『特区』と呼ばれる隔離地域が出来て間もない頃の話。
 あまりにも理不尽な殺戮があった。
 これは、その後の出来事の一部を綴った物語。


「はぁ~……まぁ、こーんなとこでしょうかねー?」
 地に倒れ伏し、銀へと還っていく無数のゴーストの屍の中心で、青年は長い息を吐いた。
 両手に携えていた日本刀をカードへと戻し、パンパンと手を払う。
 相変わらず伸ばしっ放しの髪が揺れて、軽い音を立てた。
 長い年月の内にすっかりボロボロになってしまった土色のコートのポケットから煙草の紙箱を取り出して、中から一本を口に咥える。喫煙の習慣はあの寮を出てから身に付いた物だ。元々はある人への憧れから真似して始めたものだが、今ではすっかり癖になってしまっている。
 そのまま流れるような動作で火をつけようとして、ライターが無いのに気付く。
「あちゃ、そうでした」
 そういえば禁煙中でした、と苦笑して、咥えた煙草を折って捨てる。
 手持ち無沙汰になって、空を見上げる。
 寮を出て、どれくらいの時間が経っただろう。
 世界は随分と変わってしまったけれど、皆は元気にしているだろうか。
 そのうち、一度帰ってみるのもいいかもしれない。
 きっと皆は驚いて、それから笑って、自分達を迎えてくれるだろう。
 あ、下手したらぶん殴られるかもしれないなぁ、なんて苦笑して。
 不意に、間延びした声がかけられた。
 背後の気配に振り向けば、恰幅のいい男性が向こうの方で手を振っていた。
 遠い思い出に馳せていた思考を断ち切って、軽いステップで――足元の骸を踏まないように気をつけながら――男に近寄っていく。
「どうも~。どーかしましたかぁ?」
「いや、すまない。お疲れ様」
 そろそろ頭髪の寂しくなってきた男性は、申し訳なさそうに笑っていた。
 たしか今年で50代になるんだったか、と青年は記憶している。いかにも気の良さそうな顔で笑う彼は、青年がこちらに来てからというもの、住居の都合から何から色々と世話を焼いてくれた恩人である。否、彼だけではない。この小さな町に暮らす人々はこんな時代だと言うのに、能力者である『自分達』を差別する事無く、温かく迎えてくれたのだ。そんな人々に、青年は言葉にできないほどの恩義を感じていた。今日だって、町の近くに現れたゴーストを政府の対策部隊が展開するよりも先に打ち倒したのは、万が一にも町の人々が犠牲にならないように、という青年なりの恩返しのつもりだったのである。
「べ~つに構いませんよ~。こーんなの私にかかればちょちょいのサイサイ、楽なもんですよ~」
 わっはっは、とお気楽な風情で笑ってみせる。
 飄々とした態度で語る青年に、男は苦笑しながら、
「そんな事言って、本当はつきっきりで傍にいてやりたいんだろう?」
 年配ならではの勘の良さで、彼の本音を言い当てた。
 へにゃくにゃと奇妙なダンスをしていた青年はその言葉に動きを止める。
 呆然と見返した男は優しげに微笑んでいて、彼はなんとなく申し訳ない気持ちになった。別に後ろめたい事などないのだけれど、自分でもよくわからない何かを誤魔化すように頭を掻く。
「あ、あはーは、バレちゃいました?」
「こらこら、私には君達みたいな超能力はないけどね、経験っていうものがあるんだよ」
 冗談めかすようにムン、と力瘤を――年齢から来る脂肪に覆われた腕はこれっぽっちも盛り上がったりしなかったが――作って見せて、男は屈託なく笑った。

「一人目、もうすぐなんだろう? 心配で当然だよ」

 青年は、今度こそ誤魔化し笑いさえ浮かべる事無く赤面した。
 男の言葉は責めるようなものではなく、むしろ我が子に向けられるような優しいもので、それがまた彼には堪らない。赤くなった顔を隠すように俯いて、参ったなぁ、などと口にしながら頭をガリガリと掻く。なんか掻き過ぎて後頭部が痛かったりもするのだが、それよりも、今の自分の顔を見られる方が恥ずかしかった。
 だって、彼は今とても幸せで、浮かんでくるニヤニヤ笑いが止められなかったのだから。
 そんな青年の胸の内でさえお見通しなのだろう、年配の男は気さくな調子で彼の肩を叩いた。
「ほら、ここはもういいさ。政府の人らには私の方から言っておくから、帰ってやりなさい」
「いえいえ! そーんなことは!!」
 ガバァ、と跳ね上がった青年の顔は、もう帰る気満々の笑顔である。
 そんな判り易い反応に男はまたも苦笑して、青年の背中を叩いてやった。
 行ってやれ、と。
 最初の数歩こそ躊躇うように小さな物だったが、すぐに彼は走り出した。
 振り返る事さえない。大事な人が待っていると知っていたから。
 それこそ天を渡る風のように駆けていく青年の背中に、男はやれやれ、と笑う。
「それじゃあ気をつけてなー、お父さん!」
 もうすっかり小さくなった人影が思いっきり手を振るのを見て、男はまた笑うのだった。

 青年が彼女を見つけた頃には、もう日が沈もうとしていた。
 我が家に飛んで帰った青年は部屋が空っぽなのに気が付いて、そこから町中を駆けずり回っていたのである。家で待つとかそういう事は思いつかなかったらしい。なに恥じる事もなく名前を呼んで、手当たり次第に走り回った。行き会う人に声をかけては人相を伝え、見ていないと言われるたびに踵を返して、そうしてようやく彼女を見つけたのが、ここ。商店街から自宅へ続く道で、夕飯の材料が詰まった買い物袋を提げた彼女から声をかけられたのだった。
 ぜぇはぁと肩で息をする長身の影に何事かと驚いていた若い女性は、事の顛末を聞いた途端、呆れたように溜息をついて、それから、どうしようもないな、と笑った。
 その微笑みはとても柔らかで、沈みゆく太陽の赤色を背にした彼女が本当に美しくて。
 胸一杯に湧き上がった感情はとても温かくて、それが本当に嬉しくて。
 膝を折りそうな疲労も忘れて、ただ幸せで。
 おかえりなさい、と笑う人のために。
 ただいま、と笑おうとして。
 
 咄嗟に、彼女の体を抱きしめていた。

――青年の意識は、そこで途切れた。


 それは、政府によって封鎖特区と呼ばれる隔離地帯が設けられて間もない頃の事で。
 特区外の能力者達は、或いはその異能のために恐れられ、或いは化物と蔑まれ、
 或いは、世界結界を壊した張本人という謂れのない汚名のために迫害されていて。
 各地に現れるゴーストという存在もあり、一般人が身を守る武器を手に入れる事も容易くて。
 人々は不安で、変わってしまった世界を受け入れられるほど強くもなくて。
 その鬱屈した感情はどこかに逃げ場所を求めていて。
 青年は本当に幸せで。
 ただそれだけで。
 普段なら簡単に気付けたはずの殺意に気付くのが、ほんの半瞬だけ、遅れた。

 だからそれは、ただそれだけの。
 当たり前の、約束された悲劇だった。


 意識が戻る。
 途切れていた回線が繋がったように、自分が戻ってくる。
――何が起こった?
 最初に抱いた疑問は、数秒して追いついてきた断片的な記憶が解決してくれた。
 撃たれた。おそらくは後方から。銃声からしてかなり大口径の、それもマシンガンだろう。
 体に染み付いた習性から負傷を確認しようとして、痛みすら感じない事に気が付いた。
 と言うよりも、全身が隈なく熱い。燃えているようだ。
――これは、ヤバイかな。
 とりあえず目を開けようとして気付く。
 どうやら自分はもうとっくに目を開いていたようだ。
 となると、眼球も損傷している可能性が……いや、それはないか。あの口径の弾丸を喰らえば目どころか頭から上が無くなってるはずだ。なら、これはショックによる一時的な視覚の喪失か……或いは、出血多量によるブラックアウトか。
 どちらにせよ長くはなさそうだなぁ、と思ったところで、
――そういえば、何かを忘れている気が……
 一番大切な記憶が追いついてきた。
 跳ね起きようとして、それが叶わない事を知る。
 焼き鏝を当てられたような激痛が文字通り全身で爆発して、痛覚神経をズタズタにしてくれた。
 意識とは無関係に痙攣する手足、痛み以外の感覚を伝えてこない体。
 知った事か。
――彼女は、
 何も見えない暗黒の中、上半身を無理矢理引き摺り起こす。
 無茶の反動か、体のいたるところからブチブチと何かが断裂する音がした。
 それがどうした。
 生物としての本能が鎖となって体を縛りつける。
 ほんの数センチ動くだけで、内臓を燃える手で掻き回されるような痛みがあった。
 それがどうした。
 チカチカと赤い火花が目の前で弾ける。
 思考の裏側で、酷く冷静な経験則が「動けば死ぬ」と告げていた。
 それがどうした!!
――あの人は……彼女はどうなった!?
 起き上がる。
 全身から命が噴き出していくのを感じたけれど、知った事じゃあなかった。
 大切な名前を、声さえ失くした喉で叫ぼうとしたその時。
 ふわり、と。
 誰かに抱きしめられた。

 そのぬくもり。そのやわらかさ。
 その、やさしい、てのひら。
 それを、彼は今でも覚えている。

――嗚呼、あの人だ。
 ギリギリのところで体を動かしていた糸が、安堵のはさみに断ち切られた。
 死に掛けの体から一気に力が抜けて、それこそ死体のように倒れこむ。
 打ち付けた背中の痛みさえ、もう感じない。
 ただ、泣きそうなくらいに胸が一杯で。
 彼女の名前を呼ぼうとして、肺から逆流した血を吐いた。
 それでも、その腕の感触が嬉しくて、笑った。
 良かった。
 生きていてくれて、本当に良かった。
 そう言葉にできない事だけが、少し悲しかった。
 程なく歌声が聞こえてきた。
 大好きな彼女の歌声。
 癒しの旋律が紡がれる。
 全身を焼く痛みが少しだけ薄れていく。
 ああ、けど無理ですよ。
 もう私は助かりませんから。
 だから、もう歌わないでいいんです。
 そう言いたいのに、喉は塞がれていて、声のかわりに零れていくのは真っ赤な血液だけ。
 せめて抱きしめる事ができれば伝わるのに、と思っても、壊れた両腕では叶わない。
 ただ目を閉じたまま、その歌声を聴く。
 どうしよう、彼女は心配しているんじゃないだろうか。
 そりゃそうか。
 今の自分の有様は、きっと酷いものだろうから。
 こんな格好を彼女に見せてしまうのは、少し恥ずかしくて、情けない。
 好きな人の前で格好をつけたい、というくらいの見栄は私だって持ち合わせているんだから。
 ああ、でも考えようによっては、こんな贅沢な最後はないんじゃないだろうか。
 彼女の腕の中で、子守唄のような優しさに包まれて。
 愛した人を守って死ねるなら、それ以上に望む事なんてない。
 少し我侭かも知れないけれど。
 ひょっとしたら、彼女は泣いてしまうかもしれないけれど。
 それはとてもつらいけれど、それでも。
 私は、それを誇って死ねるんだから。
 だから、伝えたい。
 気にしなくていいんだよ、と。
 忘れてしまっていいんだよ、と。
 そう、彼女に伝えたい。
 幸せに生きてほしい、と伝えたいのに。
 ああ、くそ、なんでこの口は、こんな時ばっかり塞がってるんだろう。
 いつもなら、気の利いた台詞も気の利かない冗談もいくらでも湧いてきて、
 調子に乗りすぎて何度彼女に怒られただろう。
 思い出す。
 閉じた瞼の裏を、思い出が流れていく。
 それが走馬灯というものだと知りながら、その計らいに感謝した。
 ああ、私は最後まで、彼女の笑顔を見ていられるのか、と。
 優しい声に起こされた朝。
 寄り添って過ごした昼。
 一緒に歩いた夕暮れ。
 いつだって、隣にいてくれた、あの日々。
 貴女がいてくれて、私は本当に幸せでした。
 これが最後になるのなら、せめてその言葉を伝えたかった。
 それだけを心残りにして。
 薄れていく意識に。
 希釈されていく自分に。
 遠くなっていくあの人の歌声に、さよならを言おうとして。

 頬を撫でる手の平に、瞳を開けた。

 そこに、光があった。
 私の光が。
 ずっと傍にあった光が。
 ずっとずっと、抱きしめていたかった、光が。
 眩しくて。
 優しくて。
 何よりも愛しかった、彼女が。
 そこで、微笑んでいた。
 目を奪われる。
 遠ざかっていた自分が戻ってくる。
 ああ、私はここにいる。
 私なら、ここにいますから。
「―――」
 名を呼ばれた。
 私の名前だ。
 ねぇ、知っていましたか?
 あなたに名前を呼ばれるたびに、私がどれだけの喜びを感じていたか。
 髪が触れた。
 彼女の髪だ。
 ねぇ、知っていましたか?
 その髪を撫でるたびに、私がどれだけ緊張していたか。
 頬を撫でられた。
 彼女の手だ。
 ねぇ、知っていましたか?
 その手を握る時、私がどれだけの覚悟を決めて、指が震えないようにしていたか。
――………。
 名前を呼ぼうとした。
 彼女の名前を。
 やっぱり、言葉にはならなかったけれど。
 その名前を口にするだけで、私の胸はいっぱいに満たされていました。
 本当に、本当に。
 私は、あなたを、愛しています。
 あなたがいたから、私は幸せでした。
 だから。
 だから、ねぇ。
 お願いだから、そんな。

「……生きてね」

――そんな言葉だけは、言わないで。 

 彼女の体が落ちる。
 世界で最後と愛した人は、微笑んだまま、彼の腕の中でその生涯を終えた。 

「あ、あぁ………ぁ………」
 震える腕で彼女の体を抱きしめる。
 もう歌は聞こえない。
 もう光を見る事もない。
 からっぽの、抜け殻になった、半分だけになってしまった彼女の体を、抱きしめる。
 軽いからだ。細いからだ。
 まだこんなに柔らかくて、こんなに温かい。
 いったい何度抱きしめただろう。
 その度に、お互いの鼓動を近くに感じて。
 私達は笑いあったっけ。
 でも、今は一つだけ。
 自分の心臓だけが、トクリトクリと泣いている。
 失ってしまった。
 喪ってしまった。
 なにもかも、うしなってしまった。
「ぅぁ……ああぁ……あぁ……ぁ」
 ボロボロと零れ落ちる雫。
 透明な雨が、彼女の髪を濡らす。
 それが気に障る。
 やめろ。やめろ。彼女が汚れてしまう。
 その髪が好きだった。
 彼女が笑うたび、サラリサラリと揺れていた。
 それが本当に綺麗で、見惚れてしまった私を彼女は笑って。
 あなたは私の髪が好きだと言ってくれたけれど、それ以上に私はあなたの髪が好きだった。
 その雫を拭い取ると、赤い血が、髪を汚した。
「あぁぁ……あ、あぁ……か、は、あぁ……、ぅぁぁ………」
 嗚咽の余りに息ができない。
 でも、構うものか。
 このまま死んでしまいたい。
 このまま生きていたくない。
 だって、ここには彼女がいない。
 いないんだ。
 例えばそれは遠い日の夕暮れ。
 手を繋いで歩いた帰り道。
 お互いに恥ずかしくて、交わす言葉もぎこちなくて、でも、手を離す事だけはしなかった。
 それはきっと、知っていたから。
 ひとりぼっちで歩く事の寂しさを、知っていたから。
 だから私達は手を繋いで、ずっと歩いていけると信じてた。
 なのに、あなたの白い手は力無く。
 私は、ひとりぼっちだ。
「か………は、ぁぁ、ぁ………ぁ」
 ついに視界さえ塞がった。
 固い地面に額を打ち付ける。
 真っ暗だ。
 ああ、ここには光がない。
 あなたは私の光だった。
 あなたは私のすべてだった。
 陳腐な台詞だと自分でも思う。
 そう言った私を、たしか貴女は笑っていたね。
 真っ赤になって、それでも嬉しそうに、笑ってくれたね。
 でも、それは本当でした。
 私は嘘つきだったけれど、その言葉だけは本当でした。
 あなたがいたから、生きていた。
 あなたがわたしの命だった。
 なのに、あなたがいない。
 ここにはいない。
 それなのに、あなたは、私に生きろと言うのでしょうか。
 あなたのいないこの場所で、私に生きていてほしいと、そう願うのでしょうか。
「………、………っ、………………っ」
 意識が消えていく。
 自分が遠くなる。
 私が無くなる。
 ああ、死ぬんだ。
 とても安らかな気持ちでそれを受け入れる。
 何も怖くない。彼女の元にいけるなら、一秒でも早くそうして欲しい。けれど、彼女は生きてと言った。でも、もう無理だ。だってここにはあなたがいない。私には、命が無い。だから、生きていくなんて、できません。ああ、何も見えない。真っ暗だ。闇の底に、まっ逆さまに落ちていく。命が無い。死の闇は、意外なほどに優しくて、懐かしい揺り籠に抱かれるように安らかで。命が。生きてね、と。なんて穏やかな。彼女が言った。もう何も聞こえない。無窮の闇へ落ちていく。そこで彼女が待っていてくれる。また笑顔を向けてくれる。誰かが駆け寄ってくる。命が。聞き覚えのある声がする。彼女が、生きてと。それが彼女の願い。慌てた声がたくさん。何も見えない。生きてね、と言った。沈んでいく。大切な人が。近付いてくる、命。いない。微笑んで。足りないのは。大丈夫か、と声をかけられる。命。あなたがいない。願い。駆け寄ってくる、たくさんの。足音は、命。何が足りない。だから、かなえれば。でも、足りなくて。命が。あなたが。足りない。微笑みを。もう一度。そこら中に。命。命。命。命。もういちど。足りないのは。彼女。暗闇。いない。足りないのは、命。失くしたのは、あなた。
 ねぇ、その願いを叶えれば、君は、もういちど、私に微笑んで、くれますか?


――――ああ、命なら。
    こんなにもたくさん、落ちてるじゃないか。



●     ●      ●  



「………あれ?」
 ソレは目を覚ました。
 壊れた人形のような動きで辺りを見回す。
 蠢く闇。
 圧し折り畳まれて『喰われていく』人々。
 知らない世界。
「おかしいなぁ………」
 絶叫。断末魔。咀嚼のような圧搾音。
 そして、静寂。
 空を仰ぐ。
 何も無い。
   がいない。
『価値のあるもの』は何も無い。なら、何も無いのと一緒だ。
 地を眺める。
 何も無い。
   がいない。
『意味のあるもの』は何も無い。なら、何も無いのと一緒だ。
 世界と出会う。
 何も無い。
 どこにも  がいない。
 なら、こんな世界は無いのと一緒だ。
「探さなくちゃ……」
 ソレは歩きだした。
 ゆっくりと。
 無くしてしまった命(ダレカ)を求めて。
 失くしてしまった光(ダレカ)を探して。
 真円の闇を引きずって。
 胸の真ん中に開いた喪失にさえ気付かずに、歩いていく。

「そういえば………私は何(ダレ)を失くしたんでしたっけ」

 問いかけに答える声は無い。
 ただ無明の暗黒に象られた腕だけが、朱い空へ向けて伸ばされていた。
 まるで、なくしたものを求めるように。


 かくして此処にソレは生まれた。
 其は永遠の迷子(ロスト)
 忘却の奈落で光を探す、不朽不滅たる孤独の王。

 これはただ、それだけの話である。

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プロフィール

神無月

Author:神無月
神無月(かんなづき)と申します。

主に株式会社トミーウォーカーのPBW『TW2:シルバーレイン』用のブログとしてなんか色々とまったりペースで徒然事が書かれています。
いぇー。

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