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【IF Another despair side:S】 かかしときこりとライオンと


という訳で更新です。
今度は20kbとか正直ありえなくない?

ちなみに蒼青と赤紅はソウセイとシャッコウと読みます。
その他の造語もなんかカッコヨサゲな厨っぽい読み方にすればOKです。
では、どうぞ。


【20XX年 封鎖特区 横浜】

 始まりにして終わりの地、鎌倉。
 世界結界はもはや意味をなさず、
 敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
 そのすぐ隣に存在する特区。
 終末のお隣さん、とも揶揄されるもう一つの封鎖特区。
【封鎖特区・横浜】
 この物語は、世界の終りの一歩手前で紡がれる。


「それでは、経過報告を行います」
 目礼。無言の首肯。
「僕がこちらで活動を始めてから三週間、結論から言うなら――このままの方法では無理でしょう。奴らもなかなかどうしてやるもので、未だに中心となるターゲットは仕留められていません。何せ数が違いすぎる。僕にできるのは精々がゲリラ的な奇襲作戦のみ。先日手に入れた戦力は、まぁそれなりに優秀ではありますが、一軍と対して戦の趨勢を左右できるほどではありません。僕らが『庭園』に与えた打撃など、あちらからすればそれこそ微々たるものでしょうね」
 苦笑。若干の苛立ち。
「では、それがこの三週間の成果だと言うのかね? 君を特区に派遣してからの二十一日、五百四時間の間に君があげた戦果は、微々たる打撃だけだと?」
「ええ、打撃自体は微々たるものです。
 なにせ、僕が実際に戦闘を行っていたのなんて最初の一週間程度ですからね」
 微笑。苛立ちは疑問に。
「一週間ほど戦争ごっこをやってみて僕が感じたのは、『庭園』の物資的充実です。これが精神的なもの、士気の充実などなら別に構いはしなかったでしょう。狂信者なんて大概はそんなものですから。ですが、彼らは違う。資材、装備、食料――物資的にも充実している。しすぎている。それこそ不可解なほどに、です。これはいわば篭城戦、特区という巨大な城を用いた篭城作戦だ。それが判っているから、貴方達だって【封鎖特区・横浜】への配給を最低限のものにしているのでしょう? にもかかわらず奴らの兵糧は尽きず、物資は潤沢で、おそらく軍資金も十全に蓄えているでしょう」
 芝居がかった口調。疑問は困惑に。
「つまり、何が言いたい」
「特区内での自給自足では賄い切れないのは明らか、
 であるならばつまり――外部から物資を得ている、という結論になります」
 セオリーですね、と笑う。困惑は驚きに。
「外部から?」
「ええ、その後の調査で――まぁ、つまりこの二週間ほどはその調査に費やしていたという事ですけれど――可能性は二つまで絞り込めました。」
「ちょっと待て、調査だと? 一介の能力者にそのような権限を許可した覚えは……」
 不明と怒り、それに焦燥。対して嘲笑。
「勿論、無許可で。まぁ、なんですね。“自分の妻と子が敵性ゴーストで溢れる特区内に置き去りにされる事”を思えば、割と何でもやるものですよ、人間って」
 三日月のような笑み。愕然。
「ああ、ご安心ください。たかだか人質程度で政府の情報を漏洩しようなんて不届き者は、僕の手でちゃぁんと始末しておきましたから。今頃は家族仲良く暮らしているんじゃあないでしょうか?」
「き、貴様……貴様は………」
 金砂の髪。続く言葉は無い。
「調査の結果、可能性は二つ。その一、特区内への進入を政府より許可されている企業団体AC。こちらは特区内での配給、及び人員の登用を行っているとの事でしたが……仮にこれが『庭園』と繋がりを持っていたとしたらどうでしょう? 配給と引き換えに『庭園』の人材を減らしていると見せかけておいて、その実は十分な戦闘訓練を行った上で『庭園』へと帰還させているのだとしたら……事実上無尽蔵の人員、物資を手にしている事になりますね」
 蒼碧の瞳。返る言葉は無い。
「その二、特区内への出入りが可能である不特定多数の資産家、企業家。こちらはどれ、と断定はできませんね。数が多すぎる。ふふ、よほど優秀なエージェントを飼っているようですね、向こうは。まぁ、それに断定できたとしても意味が無い……どうせ貴方達だって、これくらい本当はとっくに掴んでいたんでしょう?」
「ぐ………」
 揺れる僧衣服(カソック)。漏れる苦鳴。
「そうでしょうね。政治……政府なんてものはワンマンじゃあ回らない。幾つもの『力』が複雑に絡み合い支えあう樹のようなものですから。判っていてもそう簡単には切り捨てられない。だから、そちらは別に構いませんよ。ええ、そちらはさして問題じゃあないんです」
 オペラを演じるように、両手を広げ。
「今後の僕の行動に支障を来たしそうなのは前者――貴方達には、そちらを抑えて頂きたい。なにもあの組織を解体しろ、なんて言いません。少し、釘を刺して頂くだけで結構なんです」
「貴様、自分が我々に命令できる立場だと思っているのか」
 憤怒。応える言葉は嘲笑と共に。
「まさか……ですが貴方達は従わざるを得ない。【封鎖特区・鎌倉】の内情までは知りませんが、少なくとも『庭園』は確固として政府に敵対する勢力だ。それを排除したいというのは一組織としては当然の欲求でしょう。ですが動かせる駒は少なく、打てる手もまた限られている。組織として強力すぎるが故に、ね。だから僕を雇ったのでしょう? フリーランスの、“どんな手を打ったとしても個人の暴走として切り捨てられる捨て駒”として。違いますか?」
「ぅ……うぐ……」
「心配しなくても、ちゃんと『庭園』は壊滅させてご覧に入れますよ」
「貴様は、何を……」
 笑う。脚本を読み上げるように朗々と。
「とりあえずオーソドックスな攻城戦を。まずは兵糧攻めでもしてみようかと思っています」
「貴様は、貴様は何を……しようというのだ………」
 嗤う。舞台で踊る役者のように堂々と。
「とても単純な発想ですよ。そう、物資に含まれるのは何も物だけじゃあない。人間もまた戦場では物資の一つに過ぎないんですから」
「“鴉”を……我々を利用して……貴様は一体何をするつもりだ“悪魔”!!」
 ワラう。魔界の軍団長のように嘲弄を込めて。
「僕の目的? ふふ、目的ですか?」
“悪魔(ザミエル)”がわらう。
「殺戮の歓喜を無限に味わうために。
 次の殺戮のために、次の次の殺戮のために。まぁ、さしあたっては――」

「あの特区から“教主”以外の人間が一人もいなくなったら、さぞ美しい光景でしょうね?」

 踵を返し、一礼を残し部屋を出た。


 廊下に出ると、一面のガラス張りから差し込む陽の中で一人の女性が待っていた。
 長い烏羽色の髪。
 白い顔(かんばせ)にアメシストの瞳。
 露出の少ないオールドスタイルな女中服――俗に言うメイド服――に身を包んだ女は、部屋から出てきた“悪魔”の姿を認めると、長い丈のスカートを揺らしながら小走りに近寄ってきた。 
「お待たせしました“鴉(レイヴン)”」
“鴉”と呼ばれた女は大人びた造詣には似合わない、どこか幼さを感じさせる表情で頬を膨らませると、自分よりやや高い場所にある“悪魔”の顔をじぃ、と見上げた。
「さきほどの………お話は……どういう、ことでしょうか?」
「さて、何のことでしょう?」
 途切れ途切れの詰問に、碧眼の青年は首を傾げる。
「一般人の、家族を……あの【特区】に……置いて来たと、言いましたわ………」
“悪魔”を見る“鴉”の瞳に赤色の感情が灯る。
 怒りという名の灼熱の感情はしかし一瞬のうちに混濁に飲み込まれ、凍りつくほどの殺意へと色を変える。もしも彼ら以外の誰かがそこにいたのであれば、廊下の温度が急激に2℃ほど下がったように感じただろう。子供っぽい仕草はやや迫力に欠けるものではあったが、その全身から放射される形無き刃は何の訓練もしていない人間であれば心臓マヒを起こさせるに十分なものであった。
 それだけの激情を向けられて尚、美貌の青年は「聞こえてたんですか」などと暢気に苦笑する。
――おかしいなぁ。あの部屋、防音設計くらいされてる筈なんですけれど。
 考えられるのはなんらかのスキルを使用した可能性。鋭敏感覚で壁の振動数でも解析したか、或いは蟲でも使ったのか。思索は一秒にも満たない間に放棄される。正答のない問題など考えたところで意味は無い。これからこの女の近くで密談をする時は目も耳も塞がせておくことにしよう、と自分の中の取扱説明書に一文を付け足しておくに留め、“悪魔”は何食わぬ顔で、
「大丈夫、あれはこちらの情報に真実味を持たせるためのはったり(ブラフ)ですよ」
 血の色の嘘を口にした。
 彼の答えを反芻するように呟く忠実な部下(ドウグ)の頬を撫でる。
「僕としては彼らの協力が必須でしたからね。ま、必要悪といったところでしょうか」
「そう……だったのですか……なら、安心ですわね」
 そんな“悪魔”の言葉に、“鴉”はホッと溜息をつく。
 彼女は疑う事を知らない――否、簡単に他者を信用しすぎる。
『能力者』という鎖に縛られた歪な在り方。
 折れた翼で理想(そら)を語る(とぶ)地に落ちた鴉の亡霊――即ち“鴉(レイヴン)”。
 あまりにも愚かで、そして哀れな存在。
 それが、彼にはとても愛おしい。
 ぎこちなく微笑む“鴉”の頬を撫でていた手で長い髪を一房掬い上げ、手の中で弄う。
 この二週間、“悪魔”が手ずから手入れを加えることで、彼女の髪はかつての瑞々しい美しさを取り戻していた。否、髪だけではない。潤いを取り戻した肌も、整えられた爪先も、そうと気付けないほどに薄く施されたメイクも、全ては“悪魔”の手によるものだ。
 己が手で仕上げた美しい人形。丹念に磨き上げた自慢の宝石。
 絹糸のような髪に軽く口付けながら、青年は恍惚と口端を歪める。
 この極上の玩具を、その手でバラバラに引き裂き汚し尽くす日を夢想して。
「あ、あの……“悪魔”さん……」
 わたわた、と赤面する“鴉(レイヴン)”の所作に、青年は笑う。
 優しげに、穏やかに、愛しげに、この世のどんな汚濁よりもおぞましい微笑みで。
 金色の“悪魔(ザミエル)”が嗤う。
 

 †  †  † 


 むかしむかしのお話です。
 ある少女が、旅をしていました。
 脳みそが無いかかしと
 心臓が無い木こりと
 勇気の無いライオンと
 一緒に旅をしていました。
 魔法の踵を打ち鳴らし、少女は帰って行きました。
 おしまい。


 その夜、彼はミナトミナミ・エリアに程近い居住区を警邏中であった。
 もう月も高い場所から下りてくる時間である。
 家々の明かりは消え、風が運ぶ声も無い。
 そんな静寂の中を三人の部下を連れて進んでいく。
 街灯などという贅沢なものは無い。
 星明りとライトだけを頼りに、古くは商店街であったのだろう広い通りを進む。
 時折裏路地を覗き込み、ライトをかざして不審者の有無を確認する。
 警戒するべきは不審者や夜盗に限らない。
 ゴーストや来訪者もまた一般人にとっては脅威となる。
 とは言え、この付近に大型のゴーストが現れたという報告は無かったし、最悪の局地災害と呼ばれるある存在もここのところ姿を確認されてはいない。そして何よりも、この居住区はカナザワ・エリアからの距離が近い――【白の庭園】本部が位置するカナザワ・エリアから。
 何か異常があれば、いと高き存在である“教主”の剣にして盾たる『庭園』本隊がすぐさま駆けつけて来るのだ。例え政府のエージェントであろうと、マトモな神経を持っていれば襲撃など考えまい。
 そう思っていた。
 だから、彼は最後まで気付かなかった。
 いかに強壮なる軍隊が控えていようと――その異常に気付けなければ意味が無いのだ、と。
 そんな事にも気づかぬまま、彼の頭は音も無く飛来した銃弾によって四散した。
 800m以上の距離を渡る死神の咆哮に三人の部下が気付いた時には、もう全てが遅すぎた。
 本部に救援を求める暇も無く、どころか悲鳴すらあげる間も無く。最初に撃ち抜かれた男の、頭を失った体が倒れ伏す頃には、一切の慈悲を持たぬ鉛の牙は淡々と四つの命を食い破っていた。
「さて、と」 
 遠く、肉眼では点にしか見えない人体が活動を停止したのを確認し、狩猟を司る悪魔の二つ名を冠した青年は照準機(スコープ)から顔を上げた。これで救援の到着をしばらくは遅らせる事ができるだろう。もっとも、精々20分が30分になる程度だろうが、事を済ますには十分すぎる。
 青年は耳元に当てた通信機のスイッチを入れると、今は姿も見えぬ己が道具に指示を下す。
「番犬は黙らせました、後は手筈通りに。ああそれと――」
 イヤホンの向こうから聞こえてくる受諾の言葉に微笑んで、
「くれぐれも負傷などしないようにしなさい、厳命です“鴉”――貴女は僕のものだ」
 僕以外に傷つけられるなど赦さない、最後の呟きは心の中で唱えるに留め、通信を終える。
 そのまま数秒、夜半の静寂を絶叫が引き裂いた。
 次いでまた一つ。間を置かずにもう一つ。
 連続する断末魔。
 さすがにこれで眠りこけていられるようでは特区で生き抜く事などできない。
 住民達は次々に通りに飛び出し、異常の出所を確認しようと視線をめぐらせ――どこからか飛来した銃弾によって物言わぬ骸へと変わっていった。突然の銃撃に凶手の居所を探そうとする住民達の上に、断末魔が雨のように降り注ぐ。
 この時、彼らは悟った。
――ああ、狩られている。
 こうなれば、最早理性を保っていられる者などいなかった。
 哀れな獲物達は先を争うように逃げ惑う。
 大きな通りにいては撃ち殺される。断末魔。かと言って建物の中に戻ろうものならあの断末魔を上げている犠牲者達の仲間入りだ。絶叫。なら、どうする。また一つ銃声。悲鳴。誰かが叫んだ。路地に逃げ込むんだ、路地に逃げ込めば撃たれる事は無い。細い『路地裏』に逃げ込むんだ。その誰かの言葉に、彼らはまるで操られるように従った。我先にと路地裏へと駆け込んでいく。
 その最後、建物の落とす影に視界を遮られるほんの一瞬。
 偶然にも振り返った男は、ニンマリと嗤う金色の髪の『誰か』の姿を目にしたような気がした。

 走る。
 月光さえ届かない路地の闇の中を走り抜けていく。どこから聞こえてくるのかも知れない魂切るような絶叫は未だ絶える事無く、彼の背中を苛烈に責め立てる。姿無き牧羊犬の爪の音が、痛いほどに追い立てる。走れ走れ、立ち止まれば噛み付いてしまうぞ、と。
 だから走る。
 逃げ続ける。
 光無き狭い道を駆けていく。
 不意に、不思議な感覚を味わった。
 必死で動かしていた足の、地面を踏み抜くあの感覚がなくなったのだ。
 彼は思った。倒れる、と。
 だから咄嗟に、条件反射のように何かを掴もうと手を伸ばし、その手が、何もない空中でスパリ、と腕から離れていくのを見て、驚きよりも、まず何よりも先に、ああ、これじゃあ彼女の事を、抱きしめてやれない、なんて事を、思って、その彼女、がついさっき頭を撃、ち抜かれていたのを、思い出して、どうして自分は走っ、ているのだろうと不思議に思って、そうい、えば目、の前を走って、いたはずの奴ら、が、どこにもいない、事に気付いて、段々と、近付、いてくる、地面に転が、っ、ている、幾つもの幾つものブ、ロックのよ、うな物が『彼ら』な、のだと、理解して、ああ、自分もあんな、風に、な、るんだな、と酷く、落、ち、着いた気持、ちで納得して――

 バラバラになって、地面に転がった。

 その路地に逃げ込んできた最後の一人が真っ赤な花を咲かせたのを見届けて、もう動くものが無い事までしっかりと確認してから、それは地面へと降り立った。
 それは、不思議な光景だった。
 建物と建物の間にあいた狭く小さな空を、人間が降っていく。無様に落ちるのではなく、どこか優美でさえある静かな速度でゆっくりと、風の無い日の粉雪のように、地へと下(くだ)る白影。
 或いは、蜘蛛のように、という喩えが最も相応しかったかも知れない。
 音も無く土に触れた爪先は白。
 スラリと長い脚を包むタイトなジーンズもまた白。
 丈の短いシャツは、そこから覗く肌と同じほどに白く。
 さらと流れる、無造作に束ねられた長い長い、凍りつくような白灰髪(ホワイトグレイ)
 その中にあって、髪を括るリボンと細い首を飾るチョーカー、そして薄く閉じられた瞳だけが、濡れるような赤を湛えていた。
 まるで、雪から組み上げた花のよう。 
 その瞳と同じ色に染まった暗闇の中で、絶命の静寂に揺れる花(エーデルヴァイス)
 針のように鋭い肢体を持つ人影は散乱している人間だった物を無感情な仕草で見回し、
「ブラーヴォー」
 路地の入り口から投げかけられた賞賛に振り向いた。
「素晴らしい殺戮でしたよ、お嬢さん。美しき路地裏の殺人鬼、あはは、陳腐な表現ですね」
 いかにも楽しげに笑う声の主は、言うまでも無く金髪碧眼の神父――“悪魔”だった。
 お嬢さんと呼ばれた白影はすぅ、と目を細め、その姿を捉える。
 ギリギリで射程外――まだ殺す事はできない、と。
「男」
「はい、なんでしょう?」
「拙者は男でござる」
 ボソボソと呟くような声で白影……青年は言う。
 聞き取りにくかったのだろう、金色の髪の青年は少しだけ体を前に出している。
 まだ少し遠い。これでは致命には至らない。
「これは失礼しました。相手の性別を間違えるとは、紳士としてあるまじき失態です」
 まぁ、僕は紳士ではありませんけれど、と笑う似非神父。
 上体につられて一歩前に。
 確実を期すのであればあと一歩欲しい。
「あぁ、失礼と言えばまだ名乗ってもいませんでしたね」
 くす、といかにも穏やかに微笑む青い瞳。
 いっそこちらから近付こうかと思い、否、と断じる。
 初動を見取られた場合は不利。相手は路地の出口を背にしている。
「お初にお目にかかります。僕は名は“悪魔(ザミエル)”――」
“悪魔”と名乗った青年はいかにも紳士然とした所作で一歩前に出て、慇懃に礼をした。
 愚かしくも射程の内へ、自ずから踏み込んだのである。
 莫迦者が、と白い花が笑う。
 先に十数名の命を微塵と散らした鏖殺の手段(ルール)を解き放とうとして、

「貴方が気に入りました――僕の道具(モノ)になりなさい」

「はぁ?」
 ぞんがらごっしゃん、と。
 つい気が抜けて大きく狙いを外した斬撃によって微塵と刻まれたビルの壁面が崩れ落ちた。
 もうもうと立ち上がる土煙を追い払うように手を振りながら、依然として嬉々としたままの声が土色のカーテンを越えて続く。
「ふぅん、成る程、大した威力です。しかし、なんとなくタネは見えてしまいました。いや、今の一撃で僕を仕留められなかったのは失敗でしたね?」
 煙が晴れる。
 緩い風が土埃を運び去り、再び金碧と白紅が対峙する。
 クスクスと含み笑いを零す“悪魔”、ジリジリと間合いを計る白の花。
 互いに必殺の距離。
 それを白い爪先が踏み越えたのと同時、
「貴方と僕は似ていると思いませんか?」
 そんな風に問いかけられた。
 つい腕を止める。
 あと一秒声をかけられるのが遅ければ、その首を落としていたというタイミングである。まさに文字通りの紙一重で命拾いした事を知ってか知らずか、碧眼は尚も緩い弧を描いている。
「拙者と貴殿が、似ている、と言うのでござるか」
 その瞳。
 青天のように澄み渡っていながらもどこか底無しの落とし穴を思わせる瞳が妙に気になって、気付けば白い青年は、ついそんな風に聞き返してしまっていた。
「ええ、似ています。
 私と貴方は共に殺戮を愉悦として享受できる人間だという一点で相似している。他者の殺害を手段とするのではなく、目的とできる。殺人を理由として駆動する呪われた黒い魂を宿した人格、それがつまり僕であり、貴方なのです」
「下らないでござるな」
 天を仰ぐようにして――と言ってもその路地裏から見えるのは聳え立つビルの影に切り取られた、狭く細長い空だけなのだったが――両手を広げ、まるで古の預言者のように語られたその言葉を、彼は的外れも甚だしいと切り捨てる。
「拙者の殺戮は活計(たつき)の業に過ぎぬ。貴殿の如き趣味はござらぬよ」
「それは嘘ですね」
 金色が、ワラワセルナ、と断言する。
「ただ金銭を得るためなら、何も殺人を選ばなくても良い。ただ食料を得るためなら、何も殺人を選ばなくても良い。ただ寝床を得るためなら、何も殺人を選ばなくても良い。ただ生きていくためなら、何も殺人を選ばなくても良い――にも拘らず貴方は殺戮という手段を選んでいる。自分の意思で、殺戮を手段として選んでいる。それは何故です? 手っ取り早いから? 面倒が無いから? そうなのかも知れませんね。ですが気付きませんか? それはつまり、手間と他者の命とを秤に掛けて、人命に希少価値無し、と断じているということですよ。僕が気に入っているのはその点です。そのどうしようもない、“殺戮”という名の“衝動(ホリック)”」

「――それを、“仕事(ワーク)”にしてみる気はありませんか?」

「な………に?」
 笑う。
「僕は貴方の前に幾ら殺しても罪に問われない命を提供しましょう。お望みとあれば報酬も約束しますし、過去に犯してきた多くの罪歴も帳消しにして差し上げましょう。飽く事無き殺戮の日々を、尽きる事無き血と肉と骨を貴方の前に並べて見せましょう。勿論、貴方が望むなら全てを僕の責任にして構わない。貴方という人間など一切関与していなかったとして扱う事も可能です。ただ僕だけに全ての汚濁を押し付けて、僕を汚して穢してその上で自分だけは綺麗なままでいるのもいいでしょう。ただ衝動の赴くままに殺戮を為したとしても、僕は貴方を赦します」
 嗤う。
「さぁ――殺人鬼。選びなさい」
 金色の“悪魔”がワラう。

「僕と来たら――気持ちがいいですよ」

 ぞくり、と脊髄を撫で上げる指先の錯覚。
 溢れ返るほどの悪意に満ちた青色の視線に囚われる。
 嗜虐の愉悦、可虐の快楽に濡れた瞳がぬらぬらと肌の上を這っていく。
 その、ともすれば甘美とさえ感じてしまいそうなおぞましさに、
 白赤(ハクセキ)の殺人鬼は挑みかかるような、獰猛な獣を思わせる笑みで応えた。

「だが断る」 

 沈黙が降りる。
 急速に凍りついていく時間を越えて、蒼青と赤紅が火花を散らす。
 悪意と殺意が互いを飲み込まんと軋みを上げ、路地を満たす空気が螺旋(ネジ)曲がっていく。
 薄氷めいた緊張の中、先に口を開いたのは黄金の悪意だった。
「そうですか、それは残念です」
 まったく残念そうでは無い口調。
「残念だったらどうするんでござるか」
 聞かずとも判っているという語調。
「無論――政府の名の下に、死に絶えなさい!」
 告げるが早いか“悪魔”は高らかに右手を掲げ、指を弾く。
 乾いたスナップの音が静寂を吹き飛ばす。
 音とは空気の振動である。
 黒い手袋に覆われた指先が生み出した波動は路地を満たす夜気を鳴動させ、
 文字通り音速で駆ける騎兵隊の槍の穂先の如く、停滞した空気を駆逐していく。
 かくして音は世界を奔り――!

 で、何も起こらなかった。

「………」 
「………」
 ぞんがらごっしゃん、と。
 再び狙いを外した必殺の斬撃が地面に落ちた瓦礫を切り刻む。
 金色の“悪魔”は右手を高く掲げたまま、白い殺人鬼は攻撃を放った体勢のまま、とてつもなく気まずい表情で見詰め合う。形容しがたい空気が満ちる。静寂。沈黙。それはもう泥沼の底のような重くて痛い沈黙が横たわる。喩えるならば誕生日、親友を祝うために引いたクラッカーが全部不発だった時のような、もうなんとも言えない嫌な沈黙であった。
 そのまま、大分長い間そうしていた気がする。
 唐突に“悪魔”が踵を返し、早足に路地を出て行った。
 白の青年は一瞬「罠か?」と疑ったりもしたが、なんかもうこの状況でシリアスになると自分だけ馬鹿を見るような気がしたのであっさりとその後を追って、角から顔を出してみた。
 すると、そこには。
 世界の終りでも見てきたかのように片手で顔を覆って項垂れる“悪魔”と。
 ぎゅっ、と目をつむり両手で耳を覆って地面に座り込んでいる妙齢の女――“鴉”がいた。
「……その、聞いてみてもいいでござるか?」
「なんですか」
 ついおそるおそる声をかけた白の青年を、無茶苦茶やぶ睨みの碧眼が振り返る。
 人でも殺せそうな、と言うより、コイツ殺したくてたまんねぇ、という視線だった。
「おぅち……あ、いや、その………それ、なにしてるんでござるか?」
 アスファルトにぺたりと乙女座りしているボディスーツを着込んだ女を指差しつつクエスチョン。
 なんで僕がこんな事を説明しなければいけないんでしょう、と言わんばかりの苦い声でアンサー。
「貴方との会話を聞かれると面倒なので……合図があるまで耳も目も塞いでここで待っていろ、と命令したんですよ………ええ、僕がね……そしたら………」
「耳も目も塞いじゃってるから合図にも気付きませんでした、でござるか?」
 奈落のように深い溜息が、その通りですよこん畜生(ジーザス)、と語っていた。
 そんなすぐ傍で繰り広げられている会話にも気付いていないのだろう、一生懸命自分の耳を塞いでいる黒髪の“鴉”を眺めながら、殺人鬼は言った。そういえば何かの本でどこぞの悪魔が、およそこの世で絶望した悪魔ほど見苦しいものはない、とか言ってたでござるなぁ、とか思いながら。
「あのー……よければ拙者、先ほどの話を受けてもいいかなー、とか思うんでござるが」
「……………」
 油の切れたブリキ細工のような動きで振り返った“悪魔”は、もうなんでもいいですよ、と言うのと同じくらいの投げ遣りな口調で、新しい部下の名を呼んだ。

「ではよろしく――“殺戮仕事(ワーカーホリック)”」


 むかしむかしのお話です。
 脳みそが無いかかしと
 心臓が無い木こりと
 勇気の無いライオンが
 一緒に旅をしていました。
 
 もう終わってしまった、どうでもいいお話です。

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プロフィール

神無月

Author:神無月
神無月(かんなづき)と申します。

主に株式会社トミーウォーカーのPBW『TW2:シルバーレイン』用のブログとしてなんか色々とまったりペースで徒然事が書かれています。
いぇー。

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