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【IF Another despair】グラウンド・ゼロ


お待たせしました!
今回は寮サイドですよー。
なんと本編の第二話を書かせていただきました。
くっそ長いです。
例によってアンオフィ全開です。
以上の事をご承知の上でご覧下さいませー。


【20XX年 封鎖特区 横浜】

 始まりにして終わりの地、鎌倉。
 世界結界はもはや意味をなさず、
 敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
 そのすぐ隣に存在する特区。
 終末のお隣さん、とも揶揄されるもう一つの封鎖特区。
【封鎖特区・横浜】
 この物語は、世界の終りの一歩手前で紡がれる。


【封鎖特区・横浜】内で最大の勢力を持つ宗教組織【白の庭園】――通称『庭園(ガーデン)』
 その勢力下にあるホドガヤ・エリアからも程近い場所。
 そこには、小さなコミュニティがあった。
 かつては繁華街であった廃墟群を住居として利用した、
 総人口は100に手が届くかどうかという程度の、本当に脆弱でちっぽけな集落。
 それでも『ガーデン』の勢力下に近い事もあり、
 そこに暮らす人々はそれなりに平穏で、それなりに暖かな生活を営んでいた。
 世界は狂ってしまったけれど、今を生きる事ができている。
 きっと明日も世界は狂ったままだろうけれど、きっと明日も生きていく事ができる。
 そんな当たり前な幸福を心から信じて、彼らは生きていた。
 そんな訳、ある筈が無いのに。
【封鎖特区・横浜】内で最大の勢力を持つ宗教組織――『庭園』
 その勢力下にあるホドガヤ・エリアからも程近い、
 緩やかな平穏に包まれたその集落は

――その日、壊滅する。


 良いお天気の日だった。
 朱(アカ)色の空には珍しい事に雲一つなく、なにより良い風が吹いている。
 通りを行く人々の顔も心なしか明るい。
 男は誰にも見咎められないよう、満足げな息を吐いた。
 ここはホドガヤ・エリアから少し離れた場所に位置する小さな集落である。
【白の庭園】――通称『庭園(ガーデン)』の戦闘部隊に属する男と男の隊は、
 巡回のためこの集落を訪れていた。
 隊と言っても彼と彼の部下が二人という三人編成(スリーマンセル)なのだが、
 元々この集落は戦略的価値も低く集落としての規模も小さいため、特に苦を感じる事もない。
 なにより、ホドガヤ・エリアは『庭園』の支配力が強い地域である。
 そのため、近郊に位置するこの集落の治安も割と安定したものであった。
 天気が良いせいもあるのか、それなりの広さを持つ通りを行き交う人の数は多い。
 駆け回る子供達や、軒先に椅子を持ち出して日向ぼっこに興じる老人の姿もある。
 少し向こうでは恰幅の良い露店の親父がいかにも景気の良い声をあげ、
 道行く人々に自慢の商品をアピールしているのが見えた。
 いまだに『庭園』勢力圏を一歩出れば畜生同然の喰らい合いが行われているというのに、
 彼ら彼女らの顔には一様に笑顔の灯が点っている。
 素晴らしい事だ、と男は思う。
 人として当然の生活を享受できる。それがどれほど幸福な事であるかを彼は知っていた。
 そして、それを与えてくれる者の名も。
 男は温かい笑顔が溢れる人々の間を歩きながら、自分の左胸に手を添え、祈りを捧げた。
――我らが偉大なる“教主”に感謝と栄光のあらん事を。
 軽く閉じた瞼に思い描くのは、神々しきかの御姿。
 祈りの言葉が呟く程度になってしまったのは、後ろを歩く二人の部下に聞き取られないためだ。
 隊を指揮し規律を保つ者として、それを見られる事には妙な気恥ずかしさがあった。
 そんな男の心配になど気付いてもいないのだろう。
「平和ですね」
 いかにも新兵といった風情の若い部下が、暢気な口調で呟いた。
 思わず漏れてしまったのだろう言葉に、男は肩越しに振り返る。
 途端、若い部下は滑稽なまでに慌てて緊張感のある――風を装った表情になった。自分の直属の上司が任務を極めて真面目に、忠実に全うする事を好む性格であるのを、彼は知っていた。今日までの巡回でも幾度怒鳴られただろう。ちょっとした装備の緩みを叱咤される事などしょっちゅうだ。
 だと言うのに、今日に限って男は一瞥をくれるだけで視線を前へと戻した。
 部下には見えないように苦笑を浮かべる。
 男にも、あの歳若い部下の気持ちは判らないでもないのだ。
 この集落を始め、『庭園』勢力圏の住民はその全てが【白の庭園】の宗徒である。即ち、住民全てが須らく“教主”を敬愛し、心酔し、崇拝し、服従しているという事に他ならない。彼らは自分達が大いなる“教主”の所有物である事を理解し、それを受け入れている。その事実に喜びすら感じているだろう。とは言え、それは人が神に向ける感情に近いものだ。
 道行く人々が警邏中の『庭園』兵士に向ける視線には、決まって感謝と尊敬の色がある。
 自分達を危険から護ってくれる存在。
 いと高きにして貴き“教主”の剣にして盾。
 勇敢で誇り高い守護者(ガーディアン)
 それが、彼らにとっての『庭園』兵士の認識である。
 巡回に出ると、それが実感できる。
 すれ違う大人達から向けられる信頼の笑顔と労いの声。
 肩で風切り進む自分達を見る子供の瞳の中に輝く、真っ直ぐな憧憬の光。
 或いは、英雄という奴はこんな気持ちなのだろうか。
 そんな事すら考えてしまう。 
 自分が護っているものを、護るべきものを、住民達は見せてくれるのだ。
 これで悪い気になる訳が無い――初めて巡回に出た時の自分もそうだったのだから。
 だから、男も部下を頭ごなしに叱り付けようとは思えないのだった。
 盗み見た若い部下のまだ幼さが抜け切らない顔には、誇らしげ笑顔が浮かんでいた。 
 いつかの自分もあんな顔をしていたのだろうか。
 そんな考えにもう一度苦笑して、男は巡回を再会した。
 行き交う人々の笑い声。
 雲一つなく晴れ渡った朱色の空。
 洗濯物が良く乾きそうな優しい風。
 穏やかに流れる時間。
 
――通りの向こうから歩いて来る、黒い人影。

「ん………?」
 その人影を視界に納めた瞬間、男は思わず足を止めていた。
 彼らが立つ場所から、長い大通りを挟んで反対側。
 通りの端、集落の外へと続いている側にそいつはいた。
 奇妙な人物だった。
 こんなに良いお天気の日だというのに、頭からスッポリと被った黒いレインコート。足取りは確かな癖に、まるで蜃気楼のように頼りなく見える。よくよく目を凝らせば、体を覆っている筈の衣服は所々が破れ、まるで襤褸布のようになっている。なのに、どういう訳かそこから覗く肌は、陰影のせいとは思えないほど真っ黒に見えた。 
 そいつの奇矯な姿それ自体には、しかし足を止めるほどの不思議は無い。
『庭園』には能力者も少なからず存在しているし、戦場で来訪者を目にした事もある。
 男が立ち止まったのは、そいつにまったく見覚えがなかったからだ。
 今までの巡回でも『庭園』本部においても、あんな奴を見かけた覚えはない。
 とは言え『庭園』は巨大な組織である。
 自分が知らない兵や、或いは能力者がいたとしても、まぁ不思議は無い。
 不思議は無いが――もし、そのどちらでもなかったとしたら、どうだ。
 政府の偵察か。否、それならばこんな堂々と、真正面から歩いてきたりはすまい。ならば政府のエージェントか。これも否、そんな戦力がこの集落を征圧に来る意味が無い。それならもっと大規模な戦闘が行われている地域や、ホドガヤ・エリアに直接投入される筈だ。ならば他勢力の能力者か来訪者の類か。こちらも違うだろう。政府にせよ他勢力にせよ、こんなちっぽけな集落を、しかもこんな真昼間に襲撃するメリットはない。生き残りが本部へ危急を報せる可能性が高いからだ。ならば残るのはなんだ。在野の能力者、或いは来訪者か。だがそれもおかしい。奴らの襲撃は主に食料などを目当てとする。それならば夜陰に乗じて行った方が効率が良いし、何より、そういう輩は対能力者装備を持った戦闘部隊(われわれ)を避ける筈だ。ならば、奴はなんだ。
 政府でもない。他勢力でもない。在野でも――
 在野でも?
「おい、貴様!」
 ある可能性。
 それに思い至った瞬間、男の脊髄に氷の杭のような戦慄が突き立った。
 冷たい汗が頬を伝うのを感じる。
 まさか、と思いながらもこういう時のために一隊に必ず一人は組み込まれている、
 戦闘経験の少ない若い部下を呼びつけた。
 穏やかな空気にすっかり緊張の解けていた新兵は、男の鋭い叱咤に目を白黒させた。
 そんな、一種滑稽でもある部下の態度など一顧だにせず、男は真っ直ぐにその人影を指差す。
「貴様、あそこにいる奴が見えるか」 
 部下は男の突然な問いかけに訝しげな表情を浮かべたが、すぐにその方向を注視した。
 一体何事かは知らないがこれ以上怒鳴られるのは願い下げだ、
 と言わんばかりにじぃっ、と視線を走らせる。
 そうして、言った。
「申し訳ありません。どいつの事でしょうか?」
「………通りの一番向こう、黒いレインコートを被った長身の……あれは、男だ」
 目を凝らす若者に説明してやりながら、男は次々に滲んでくる嫌な汗を止める事が出来なかった。
 そして、その頃にはもう一人の部下も事態の異常性に気付いていた。
 体格の良い彼は隊長である男と共に幾度も戦闘を乗り越えてきた、いわば副官のような存在である。だからこそ、任務に対して厳粛に当たる事を好しとする男の性格は十分知っていたし、男が何の意味もなく部下を動かす事が無いという事も知っていた。そんな隊長が、今、部下を動かしている。ならば、そこに意味が無いはずが無い。では、それが意味する事とは、なんだ。
 緊張に身を強張らせる二人の上官になど気付きもせず、
 再び通りに目を走らせていた新兵は、怪訝そうに言った。
「隊長殿。やはりそこには――誰もおりません」
 男の、およそ当たって欲しくない最悪の予感が的中した瞬間であった。
 全身を駆け抜けるある感情を無理矢理に押さえ込み、男は喘ぐようにその名を口にした。

「――“葬失(ロスト)”だ」

 その名を聞いた瞬間、副官は強面を驚愕に引きつらせ、新兵は小さな悲鳴を漏らした。
 だがそれも仕方あるまい。
 この特区に生きる者なら一度は耳にする名前。
 自立移動型危険指定地域――“葬失(ロスト)”
 進行軌道上に存在する全ての生命を文字通り喰らい尽くす最悪の“災厄(カラミティ)”
 ソレが、今、自分の目の前にいると聞かされたのだから。
「隊長殿、いかがされますか!」 
 だからこそ、それは流石と讃えられるべきだろう。
 即座に驚愕から立ち直り上官の指示を仰いだ副官の行動は歴戦を誇る戦士のそれであった。
 そして、その上官である男もまた、幾度もの死線を戦い抜いた本物の勇者である。
 彼はすぐさま振り返ると、自分のすぐ後ろで恐懼に震えていた新兵の顔を殴り飛ばした。
 手加減された一撃。
 とは言え戦うために鍛えられた拳である。完全に自失状態にあった若者は耐える事さえできず、へし折れた前歯と血を撒き散らしながらみっともなく吹き飛んだ。土埃を上げながら無様に転がる新兵。少なくは無い装備が派手な音を立てる。突然の騒音、そして尊敬すべき『庭園』兵士による蛮行に誰もが何事かという視線を向けた。
 住民達の反応は男の狙った通りのものだったが、今はそれを確かめる間も惜しかった。
 僅か数拍の間だけを置いて、男は叫んだ。
「緊急事態だ! 集落入り口に“葬失”が発生した! 全員今すぐ避難しろぉ!!」
 響き渡る大音声を風が攫う。
 数秒、音という音が消え去ったかのような沈黙が通りを満たす。
 そして、大混乱(パニック)が生まれた。
 悲鳴、怒声、連続する乱暴な足音(タップ)。
 バックグラウンドミュージックと呼ぶには余りにも不出来な騒乱の中、
 男はまだ倒れたままだった新兵を蹴りつけた。
 先の一撃で恐懼から解放されていた若者は、突然の事に狼狽しながらも上官を見上げる。
 その胸倉を掴み起こし、男は吼えた。
「いいか! 貴様は今すぐ本部へ向かえ! 本部に――“教主”様に状況を報告しろ!! 今すぐだ! いいか、絶対に振り返るな! 立ち止まるな! 貴様は貴様の任務を全うしろ! 判ったか! 判ったのなら、行けぇ!」
 烈火の如く捲くし立てると、放り投げるようにして小柄な体を解放した。
 若者が戸惑ったのは最初の数歩だけで、あとは逃げるようにして駆け出して行った。
 命令の通り、彼は一度も振り返らなかった。
 これでいい。これで索敵の任は果たせた。
 走り去る背中を見送って、男は副官へと振り向いた。
「貴様は避難民の誘導だ。ホドガヤ・エリアまで下がり、本隊の救援を待て」
「了解しました! しかし、隊長殿は……」
 答えを聞くまでもない。
 遠く、遂に通りへと足を踏み入れた“葬失”を見据える男の瞳が、『不退転』と語っていた。
「俺は奴を迎撃する。その間に一人でも多くの住民を避難させろ」
『庭園』に帰依する宗徒は即ち“教主”の所有物である。
 そして、それを護るのが男の仕事(つとめ)であった。
 ならば、その仕事(つとめ)を全うするため命を投げ出す事に何の恐怖があろう。
 男の覚悟は、とうに完了していた。
 故に、副官がそれ以上言葉を重ねる事も無かった。
 背筋を伸ばし、敬礼と共に告げる。
 幾度の戦場を共に駆け抜けた戦友(とも)へと、真っ直ぐに。
「御然らばです隊長殿。御武運を!」
「ああ、貴様もな」
 それだけだった。
 踵を返すと、彼は住民を避難させるべく駆け出した。
 一度だって振り返る事はしなかった。
 そうして一人。率いる者のいない統率官は、ただ一人の兵士となって打倒すべき敵へと向かう。
 深呼吸を一つ。人間性は廃棄され、胸の内の凶暴な獣が目を覚ます。
 目標との距離はおよそ100m程度。
 歩を進めながら手持ちの装備を確認する。
 装弾数45発の突撃小銃(アサルトライフル)が一。
 交換用弾倉(マガジン)がニ。
 手榴弾が三。
 勿論全てに対能力者戦用加工が施されている。
 生半可な能力者やゴースト程度なら十分に制圧可能な装備ではあるが、
「欲を言えば殲滅戦仕様の重装が欲しいところだな」
 所詮は巡回任務用の軽装だ。
 あの正真正銘の化物相手にどこまで保つか――
 そこまで考えて、男は自分の背面、腰のベルトに挟んだ『切り札』に手をやった。
 なに、いよいよとなればコイツがある。
 指先に触れる冷たい感触に目を閉じて、立ち止まる。
 目標との距離は50m程度。
 目を開けば、真っ黒な人影がハッキリと捉えられた。
 どくり、と一際大きく鼓動が喚く。
 ぞわり、と恐怖とは違う何かが背筋を舐めていく。
 ひとり、通りの真ん中に立ち塞がり、
 にやり、と男は笑った。
「来い化物――戦ってやる」
 牙を剥いた獣のような笑みだった。


 結論から言えば、男は一秒たりとも“葬失”を足止めすることはできなかった。
 男が放った135発の弾丸は影の防御圏を突破する事すら叶わず、
 唯一『本体』へと届いた彼の切り札――ナイフ型詠唱兵器から放たれた水刃手裏剣の傷さえも、
 瞬きの間に再生された。
 その後は、最早語るまでも無い。
 元より男の命など、ソレにとっては路端に転がる無数の餌の一つに過ぎなかったのだから。


 太陽が傾き始める頃、通りには誰もいなくなっていた。
 楽しげに駆け回っていた子供達は一番最初に食べられた。
 談笑していた母親達は我が子が食われていく様に発狂して食べられた。
 日向ぼっこをしていた老人は祈りながら食べられた。
 恰幅の良い店主は自慢の商品に躓いたところを食べられた。
 家の中に居た者は何が起こったのかすら判らないままに食べられた。
 涙ながらに子の命乞いをした親は、涙も残さず食べられた。
 親を亡くして泣いていた子は、親と同じように食べられた。 
 立ち向かった者は何一つ護る事もできぬままに食べられた。
 残留思念すら残さない圧倒的な大暴食。
 血も涙も零さない徹底的な無差別捕食。
 僅かニ分。
 それが、蠢動する影の領域が少し遅めのランチを平らげるのに要した時間。
 それだけの間に、集落に息づいていた命の実に半数以上が食い尽くされたのである。 
 残りの半数は、ただ運が良かったに過ぎない。
“葬失”が現れた時、幸運にも通りの反対側にいた住民だけが、
『庭園』兵士の誘導により難を逃れることができたのであった。
 そうして、彼らが営んできた平穏の時間に比べれば文字通り瞬き程の一瞬の間に無人の廃墟と化した通りの真ん中、五十を越える人間を胃の腑に収めた人影は、ただ一人きりで空を見上げていた。
 朱(アカ)い空には雲一つ無く、太陽は地上の惨劇などそ知らぬ顔で輝く。
 いつの間にか風は止まっていたけれど、それでも、過ごしやすい気温には変わりがない。
 だと言うのに。
 茫洋と視線を彷徨わせていたソレは、なんとも不思議そうに首を傾げる。
「おかしいなぁ。こんな良いお天気の日なのに、どうして誰もいないんでしょう」
 尋ねてはみたものの、答える声などある筈も無く。
 皆そろってピクニックにでも出かけたのかなぁ、などと呟いて、“葬失”はまた歩き出し――

「――そこまでです」
 
 風さえも消えた無人の町に、黒き“死神”の影を見た。
 古い御伽噺に出てくるような古めかしい執事服。綺麗に揃えられた鴉の濡れ羽色の髪。片眼鏡の向こうから“葬失”を貫く瞳は、髪と同じ色に輝いていた。そして何よりも、その手に携えた極大の禍刃(まがつば)。三日月を模したそれは、紅色の刃を持つ長大な鎌(デスサイズ)であった。
「此処より先、一歩たりとも進む事罷りなりません」
 古風な言い回し。
 抑揚を抑えた口調はまさしく執事のそれである。
「されど、此処より立ち去る事もまた能わず」
“死神”は“葬失”を見据えたまま、続ける。
 その言葉の意味を、未だ胡乱げなままの視線を向ける人影は理解していたのだろうか。
 進む事許さず、されど退く事も許さじ。
 ならばその意味は――
「この地に存在する全ては須らく『あの方』の所有物。貴方はそれに手を付けた」
 風切り音。
 無造作に提げられていた筈の大鎌が、いつの間にか“死神”の頭上で旋回していた。
 長大な、その分重量も馬鹿にならない筈の得物を高速で回転させる膂力はどれほどのものか。
“死神”は静かに、けれど凍る程の殺意を込めて、その一言を口にした。
 それは明確な――
「その行い、断じて赦し難い」
――死刑宣告に他ならない。
 
「我は“死神”――白き庭園の護り手なり。
 この名を抱いて死になさい、化物」

 踏み込みは、風よりも尚速かった。
 アスファルトを踏み砕き走るその姿は正に死を運ぶ神の名に相応しい。
 刈り取るべき首へと一直線。躊躇いも慈悲も置き去りに、紅き禍刃が疾走する。
 それは突如として現れた。駆ける“死神”のすぐ目の前に、黒い腕が生えてきたのだ。
 のっぺりと、厚みというものが無い腕が振るわれる。鉤爪のように鋭く尖った指先に撫でられた風が絶叫した。実在感の無い黒腕の一撃はしかしその見た目に反して力強く、そして速かった。端正な顔へと振り下ろされた爪は人体などプリンを掬い取るかの如く削り取るだろう。
 そう、当たりさえすれば。
 ただ単純に振り下ろされるだけの爪。
 いかに速く、いかな威力を秘めていようがその程度、“死神”の反射をもってすれば児戯に等しい。
 疾走の途中で急激に方向転換。さながら横に走る稲妻。踏み抜いた地面が砕け散る。
 影の奇襲を容易く躱した“死神”は今度こそ敵手の素っ首を刈り取らんと駆け出し――
「――なっ」
 目の前。
 視界を埋める程に乱立した“手”に足を止めた。
 すかさず殺到する魔腕の群を咄嗟に振るった紅刃で薙ぎ払う。
 ただの一振りで切り飛ばされた腕の数は十を越える。
 だが、残存数はその何倍か。感情を持たぬ黒腕が波濤の如く“死神”に襲い掛かる。
「小賢しい!」
 その全てを撃墜する。
 絶え間無く打ち払われる大鎌の連撃はさながら刃を備えた台風だ。
 巻き込まれた“手”が次々と吹き飛んでいく。
 それはいかなる出鱈目か。元来大鎌(デスサイズ)のような長柄の武器は一撃の威力と長大な射程を引き換えに小回りを失う。それ故接近に弱く、また手数に重きを置いた連撃にも対応できないのが定石である。だが、“死神”の振るう紅刃(こうじん)はそんな定石などお構い無しに黒腕の群を刈り取っていく。
 心臓を狙って突き出された“手”を切り飛ばしながら、“死神”は目標との距離を測る。
 目算で――15m程度。
 本来の自分なら一足で零にできる距離だが、この状況では一歩ずつ近付く他無い。
 それならばそれでいい。この目障りな腕を一本残さず斬り伏せた上でその首を刎ねるまで。
 事実、それは難しい事では無いように思えた。
 津波のように襲い来る“手”の数は確かに多いが、その性能自体は大したものではない。
 自身の戦闘能力を以てすれば殲滅は十分に可能だろう。そう冷徹に結論を下した“死神”は自分の刃が深々と獲物の首に潜り込む瞬間を夢想し、凄愴な微笑を浮かべた。
 が、それも次の数秒で消え失せる。
――おかしい。
 最初に感じたのは微かな違和感。
 既に百を越える数を斬り飛ばした筈の“手”の攻勢が一向に衰えないのだ。
 何故だ、という疑問への答えは、彼のすぐ足元にあった。
 それはほんの偶然だった。這うように襲い掛かってきた魔手を五本まとめて叩き切り、次の攻撃へと目を向ける、そのほんの一瞬。たった今切り捨ててやったばかりの腕が、繋がっているのを見た。断ち切られた両の断面から伸びた夥しい数の細い手が互いに掴み合い、溶け合い、一つになる様を見た。
「馬鹿な――」
 向かってくる“手”を迎撃しながら、他の腕にも目を向ける。
 結果は同じ。切り離され、砕き散らされた影は瞬きの間に元通りになり、再び戦列に復帰していた。
 否、それだけではない――
「増えている!?」
“死神”の言葉の通り、彼に向かって殺到する黒い手の数は明らかに増えていた。
 アスファルトで舗装されているため気付き難いが、今や地面は影に染まっていた。それこそ底無しの穴がぽっかりと口を開けているかのようなそこから、無尽蔵とも思える程の手が生えているのである。そのおぞましさたるやいか程のものか。“死神”付近のものはまだ人の手を模しているが、離れた位置から伸びる腕には遠距離からの攻撃をなすためか、複数の関節が見て取れた。それどころか、中には腕の部分から枝葉のように別の腕を生やしたものさえある。
 今や通りは異形の腕によって埋め尽くされていた。
 外側からでは“死神”の姿すら覗けない。
 夥しい数の腕は彼の黒い姿を包み込むかのようにドームを形成していた。
 前後左右、時には上下からさえも襲い来る魔腕の群。せめてそれが「間断無い連続攻撃」であれば対処する事もできるだろう。だが、あらゆる方向から同時に迫り来る無数の攻撃をいかにして防げと言うのか。単体では脅威にすらなりえないその爪撃でさえも絶望を掻き立てるに十分な必殺の一撃と化す。いかに“死神”のデスサイズが一振りで十の腕を切り断とうが、百を越える同時攻撃を止める事はできない。濁流に石を投げたところで流れを堰き止める事など叶わない。つまりはそういう事だ。
 太陽を受けてさえ黒々と蠢く影の匣庭。
 あらゆる生命を喰らい尽くす暴食領域。
 無限の再生を繰り返す捕食空間――それこそが“葬失(ロスト)”と呼ばれるモノの真の姿だった。
 その中心で、“死神”は焦っていた。
 日の光さえ消え失せた完全な闇の中、ひたすらに得物を振るい続ける。
 だが――果てはあるのだろうか。
 既に『本体』の姿すら影の向こう。どちらに進むべきかすら判らない。
 決定打こそ受けていないが、執事服はいたる所が切り裂かれ、少なくない量の出血を起こしていた。
 このままではジリ貧になるのが目に見えている。
 とは言え、打開策も無かった。
 夜の海に放り出されたようなものだ。
 前後さえ見極められない状況で、一体どこに退却しろと言うのか。
 そう思った瞬間。
「しまっ――」 
 真下から伸び上がってきた爪が、彼の腕を深々と引き裂いた。
 加えて、目にも留まらぬ連撃を繰り出していた事がより事態を悪くする。
 攻撃モーションの途中で支えを失った大鎌は“死神”の手をすり抜け、無数の影に飲まれて消えた。
 そして、残るのは丸腰の“死神”
 視界には蠢動する数え切れぬほどの黒い手。
 空は闇に閉ざされ、光さえも食い尽くされた。
 もう風の音も聞こえない。
 飢えた獣の群の檻に投げ込まれた兎を思う。
 醜悪な怪物が顎を開くように、或いはおぞましい花の蕾が綻ぶように、
 影色の五指が開かれていく。
 それを見る“死神”の心は、不思議と落ち着いていた。
 恐怖は無い。憤怒も無ければ後悔も無い。傷の痛みさえ遠く感じる。
『あの方』の顔をもう見れないかと思うと少し残念だが、そんな気持ちさえ他人の物のようだ。
 彼にとって、『あの方』の存在は自分の命よりも尊きものであった筈なのに。
――空が、落ちる。
 瀑布の如き影が落ちてくる。
 それを静かに見つめながら、“死神”は悟った。
 嗚呼、これが――

「絶望という、感情か」

 そして、彼の世界は吹き飛んだ。



「………え?」
 我知らず零してしまった声に、“死神”は目を開けた。
 いつの間にか目を閉じてしまっていたらしい。
 生きて、いるのか。
 まず最初に思ったのは、それ。
 死んだと思った。あの影の檻の中で。自分は絶望し、諦めたはずだった。
 なのに、どうして?
 太陽の光が目に痛い。まだ光に慣れていない目で、周囲を見回す。
 そこには、空があった。
 それ以外には“何も無かった”。
「な、何が……?」
“葬失”の領域どころか、先程まで通りの左右に屹立していたビルディングすら無くなっていた。
 それこそ、影も形も無く。
 いや、違う。
 改めて見れば、彼の周囲には山ほどの瓦礫が折り重なり、積み重なり、堆積していた。
 つまり、これは
「倒壊、したのですか……?」
 あのビル群が?
 けれど、何故いきなり?
 あまりにも唐突な現実を受け入れられずに立ち尽くす“死神”。
 その声は、彼のすぐ後ろから聞こえてきた。 

「危ないところでしたね、“死神”」
 
 その声。
 間違えるはずが無い、『あの方』の御声。
 天上から響いてくるかのような、美しくも畏ろしい声。
 今すぐその場に跪きたくなる衝動を堪えるのに、“死神”は残る全精神力を傾けねばならなかった。
 ゆっくりと、あくまでもゆっくりと振り返る。
 何一つ遮る物のない、朱(アカ)い、朱い空の下。
 そこに――神が立っていた。
 少なくとも“死神”にとってはそれに等しき存在が、そこにいた。
 喪服のようにも、或いはウェディングドレスのようにも見える、ゆったりとした黒い衣装。
 鍔の広い帽子からは薄いヴェールが下がり、その顔を窺う事はできない。
 当然だ、と“死神”は思う。
 このお方の貴き尊顔を穢れた衆目の前に晒そうなど、不敬にも程がある。
 音も無く佇む立ち姿は夢のように儚く、どんな幻も霞むほどに美しかった。
 ただ彼女がそこにいるだけで、約束された福音の日が訪れたように感じる。
 吹き抜ける風さえも、どこか色めいているようだ。
 豊かな銀髪が揺れる。
 それは天使の翼にも似て、陽光の下で柔らかく煌いた。
 跪く“死神”。
 左胸に手を――先の戦闘で負った傷の事など意識にすら上らなかった――当て、頭を垂れる。
 捧げるは言葉。
 魂からの敬愛を込めて、彼はその名を呼んだ。

「“教主”様」
 
“教主”――封鎖特区・横浜において最大の規模と勢力を誇る宗教組織【白の庭園】の教祖にして、
 唯一絶対の支配者。
 それが、この小柄な少女の名であった。
「申し訳ございません。よもや“教主”様の御手を煩わせる事になろうとは……」
“死神”の声にはありありと後悔の色が浮かんでいた。
 彼女に手を下させるぐらいであれば、いっそあのまま影に喰われていた方がましだった、
 とでも言い出しかねないほどに。
 少女は何も語らない。
 それこそ“死神”の言葉など聞こえてもいないかのように。
 ただ、黒い手袋に包まれた繊手が一種の芸術を思わせる優美さをもって、
 俯く彼の髪に添えられた。
 ハッ、と顔を上げる“死神”。
 死すら覚悟していた彼の目に飛び込んできたのは、ヴェール越しの微笑であった。
 ああ、その微笑のなんと美しい事か。
 聖母でさえ彼女の前では己の浅ましさを恥じるだろう。
 生まれて一度も太陽を受けた事が無いのではないかと思わせる、月白の肌。
 どんな芸術家であろうと再現する事はできぬであろう完璧な造詣。
 そして、何よりも――虚無を宿したその瞳。
 光さえも閉じ込める深き深き無明の虚(ウツロ)。
 その形容する事さえ不可能な美しさに、“死神”は涙すら零しそうになった。
 そうして彼が口を開こうとした時、がらり、と瓦礫の崩れる音がした。
“死神”の行動は迅速だった。
 先の戦闘で吹き飛ばされた紅刃を喚び戻し、“教主”を庇うように立ち塞がる。
 片眼鏡(モノクル)越しに走る視線の先にソレはいた。
 崩れ落ちたビルディングの残骸の山。
 その中程、じわり、と傷口から鮮血が溢れるのように、不定形の闇が滲んでいた。
――“葬失(ロスト)”!
 雪辱の記憶が甦る。
 今度こそ仕留めて見せん、と得物(デスサイズ)を構えた“死神”を

「下がりなさい」

 静かな制止が捕らえた。
 ただの一言。本当にただそれだけで、“死神”は自分の体が凍りつくのを感じた。
 動かない。指一本さえ動かす事ができない。
 彫像のように静止した彼の視界に、銀色の髪が揺れた。
「あなたでは――“葬失(ロスト)”の相手はまだ早いでしょう」
 振り返る事さえ無く投げかけられた声。
 特区“最悪”とさえ言われる存在を前にしていながら、
 彼女の言葉には欠片程の危機感も存在していなかった。
 まるで「今からピクニックに行きましょう」とでも言うかのような、何気無さ。
 言葉と同じく、その所作にも死地に赴く緊張は見受けられない。
“教主”はただ自然体のまま、蟠る闇へと歩いていく。  
 一方、瓦礫の隙間からは無数の闇が溢れ、今にも這い出してきそうな気配はあるが、“葬失”は未だ姿を現してはいなかった。卵を内側から破ろうともがく雛鳥の如く、闇色の手が空を掻いている。
“教主”は無造作に手を持ち上げると、スッ、とそれを横に払った。
 虚空に線を引くかのような動作。
 それだけで、瓦礫の山が吹き飛んでいた。
 ただそれだけの動作で、戦車砲の直撃に匹敵する衝撃波がビルの残骸を打ち据えたのだった。
 もうもうとあがる砂煙。
 普通に考えれば即死。
 能力者であっても大ダメージは免れないだろう。
 そんな人体の耐久値を圧倒的に凌駕した一撃を与えておきながら、黒の少女は再び手を上げた。
 立ち昇る砂埃の帳。
 その向こう側へと、正真正銘何も無い、虚無の瞳を向けて。
 振るわれる細腕。
 炸裂する爆砕音。
 荒れ狂う風と、翻弄される砂煙。
 朱い空を。
 狂った世界を。
 そこにある終焉を。
 抱きしめるように両手を広げる。

「さぁ――遊びましょうか?」

“教主”はほんの少しだけ、楽しそうに微笑んだ。 

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神無月

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神無月(かんなづき)と申します。

主に株式会社トミーウォーカーのPBW『TW2:シルバーレイン』用のブログとしてなんか色々とまったりペースで徒然事が書かれています。
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