スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

埋葬の空に


―――陽が、落ちる。

遠く高い空を見上げて、溜め息を一つ。
一面の赤色は、世界を覆う蓋のようで。
まるで埋葬されているみたいだ、と思った。

 人通りの無い路地裏にゴミのように打ち捨てられたまま、鳳凰堂・虎鉄は思った。


 アルコールとアンモニアの混ざった饐えた臭いのするアスファルトに長い足を投げ出し、どこかの誰かが残していった猥雑なラクガキと過ぎ去った月日の遺していった汚れに塗れた冷たいビルの壁面に長い背を預け、長い髪を払う事も無く、随分と長い間、鳳凰堂・虎鉄は空を見ていた。
 虎鉄の姿は、一言で言えばボロボロだった。
 トレードマークでもあるコートは砂塗れの泥塗れ、よくよく見れば明らかに足跡と思われる汚れがいたるところに残っている。白いシャツを染める滲んだ赤色は、染み付いて固まった血痕だった。それが誰の血であるかなど、彼の顔を見れば一目瞭然だ。ところどころが赤く腫れあがり、擦り傷と殴打痕だらけの顔で、もうとっくに固まってしまった鼻血を拭おうともせずに、虎鉄は空を見上げていた。

 事のおこりは一時間ほど前になる。
 放課後、あてもなく街をうろついていた虎鉄はナンパの現場に出くわした。頭を派手な色に染めた少年達が多少強引な手段でもって一人の少女にアプローチを仕掛けているという、今時そう珍しくも無い光景だった。いかにも気弱そうな少女が彼らの囲みを破れれば良し、そうでなければ半ば強制的に望ましくないアバンチュールを体験する羽目になるという、ただそれだけの、よくある光景だ。
 鳳凰堂・虎鉄は正義の味方でもなければ、見ず知らずの他人の為に体を張れるほどに善人でもない。知らない人は知らない人と切って捨てる、そういう普通の一般人である。
 けれど、「見かけた」のならば話は違う。
 虎鉄は少年達を押しのけるように少女の手を取るとあっさりと囲みの外に放り出して、くまさんのように言った。お嬢さん、お逃げなさい。少女はすたこらさっさと逃げ出して、残った虎鉄は怒り狂った少年達の餌食になったのであった、まる。
 事の顛末は、まあこんなところである。
 
 まったくの無抵抗のまま袋叩きにされること数十分、いい加減に飽きがきたのか、少年達は路地の外へと去って行った。それが、つい十分ほど前の事である。
 それから今まで、虎鉄は一人空を見上げていた。
 赤い空が、頭上を埋める。
 埋葬の空に、陽が落ちる。
 実を言えば、ダメージはそれほど……と言うかまったく無かった。元々鍛え方が違うのだ、ろくに体重も乗っていない拳など一時間殴られ続けても大して効きはしない。口の中は切れているし鼻血も出ているが、歯も鼻も折れてはいない。それでも血が出ればいかにも効いているように見えるから、わざと角度をつけて殴らせ、自分の歯で口の中を傷つける。弱者を装いダメージを避ける、これはそういう擬態だった。
 そう、ダメージは無い。
 それでも、虎鉄は立ち上がることができなかった。
「………………畜生」
 毒づいて、拳を固く握りしめる。
 ダメージはない。けれど、悔しくなかったはずもない。
 数十分間殴られ続けた。一度も殴り返さなかった。抵抗すらしなかった。サングラスだけは割られないように護り通したが、ただそれだけだ。罵られようと謗られようと、踏み付けられようが唾を吐きかけられようが、只々されるがままにされた。
 それが、悔しくないはずがなかった。
 それでも、虎鉄は手を出さなかった。
―――だから、お前は
 思い出すのは懐かしい声。遠い日に交わした、一つの誓い。
「先生……」
 空は夕暮れ黄昏時。
 いつかのあの日と、同じ空。

 
 それは忘れもしない、自分が死んでしまうその瞬間まで覚えていると確信できる、遠い日々の記憶。
 山の中に建てられた粗末な小屋に背を預け、先生と自分は空を見ていた。 
 一日を鍛錬だけに費やした後、時折こうして無為な時間を過ごす事があった。二人並んで空を見上げて、とりとめもない会話を交わす。それを先生がどう思っていたのかは知らないけれど、自分にとって、その無為な時間は何物にも換え難い大切な時間だった。
 先生、と空を見上げたまま声をかけた。
 先生の―――僕の剣は、卑怯なんですか?
 ちょうどその頃は、自分がようやく文字を読めるようになった頃で、あまりにも常識を知らなさ過ぎる自分のために先生が本を――と言っても、大抵は漫画だった――を買い揃えてくれていた時期だった。だからたぶん、『正々堂々と真正面から闘う』ことが格好良い事なのだと何かの漫画で読んだのだろう。幼い自分は、先生から教えてもらったお世辞にも『正々堂々』とは言えない自分の剣について、そう尋ねた。
 先生は少し考えてから、空を見上げたまま言った。
「ま、そうだな。俺の剣は、正々堂々じゃあねぇな」
 その答えに自分がどんな顔をしたのかは、よく覚えていない。
 先生は横目にこちらを見下ろして、言った。
「卑怯な剣は、嫌か?」
 嫌じゃなかった。卑怯だろうと何だろうと構わなかった。世界の誰よりも大切な人から与えられた唯一つのものなのだから、誇りこそすれ、どうしてそれを嫌だなどと思えるだろう。だから、嫌だったのはそれじゃない。ただ、大好きな先生の剣が、他の誰かから見れば格好悪いものなのだというその事実が、泣いてしまうくらいに嫌だった。 
「まぁ、卑怯なのも仕方ねぇさ。何せこの剣は―――護るための剣だからな」
 え、と見上げた自分に、先生はニヤリと笑った。 
「正々堂々真正面からって闘い方は、そりゃあ、確かに格好は良いんだがなぁ、自分より強い奴には通じねえんだ。ま、そりゃそうだ。小細工無しの全力で闘ってんだからな。相手が自分より強くて、それで負けちまえばもう打つ手はねぇ――それは判るか?」
 こくこくと頷いた。先生はよし、と笑って続ける。
「例えば、だ。例えばお前に、何よりも大切な人ができたとする。それを誰かが傷つけようとすれば、お前は護るために闘うな? だが、その誰かがお前より圧倒的に強かったなら、当然お前は負けて、大切な人は護れない。なぁオイ、それをお前は―――弱さを理由に、諦められるか?」
 それは、そんな事は。  
「できないだろ? だから、俺はこの剣を創ったんだ。騙し、謀り、不意を突き――傷つけ、殺し、生き延びる。卑怯な真似も小汚い手も使い、そもそも手段を選ばない。勝つためだけの、殺すためだけの剣だ。自分より強い相手を倒すための剣だ。そして、護りたいものを護るための、剣だ」
 と一息置いて、
「と、まぁ―――その筈だったんだが、どうやら俺はどこかで間違っちまったらしくてな。倒す事を追求するあまり、護る事が疎かになっちまった。俺の剣が間違ってたとは思わなねえが―――多分、間違ってたのは俺の方だったんだろうな。『俺の剣』は、もう人を護るには汚れすぎちまった」
 そう言って、自分から見たらこの世界で一番正しい人は、どこか悲しそうに笑った。
 できることなら、叫びたかった。先生の剣は間違ってなんかいない、先生は間違ってなんかいないと叫びたかった。だけど、だけど先生の言う事はいつも正しかったから、それを間違いだと断じる事など自分にはできなくて、それが、なによりも悲しかった。
 悲しくて悲しくて、俯いてしまった自分の頭に、硬くて大きな手が乗せられた。
 見上げればそこは、静かな笑顔と赤い空。
「だから、お前は護るために剣を振れ。護るためだけに剣を振れ。お前がそう信じて、そのためだけに剣を振るうのなら

―――その剣は、護るための剣でいられる」

 それが、十年前に交わした誓い。
  

 赤い空から視線を移す。灰色のアスファルトが視界にうつる。
 項垂れた顔に映るのは、自嘲という名の感情だった。

 

 
「無茶な事、言うよなぁ………」
 誓いはここに。
 消える事無く、今もこの胸に息づいている。 
 どれだけ自分が傷つく事になろうと、鳳凰堂・虎鉄は、誰かを護るためにしかその力を振るわない。
 あの赤い空の下で、自分以外の誰かのためにしか闘わないと決めた――それが、彼の誓い。
 だけど、だけどそれでは。
『鳳凰堂・虎鉄』は護れない。
 彼が誰よりも護りたいものは、その誓いでは護れない。 
「――――畜生」
 
   
 遠い稜線に太陽が沈む。
 消えていく赤色の空は、閉じられていく棺の蓋を思わせる。
 世界という名の棺桶の底で、少年は一人目を閉じた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

ぐはー!

ようやくようやく書けました、鳳凰堂・虎鉄というキャラクターの過去に触れるエピソード。
遅筆なくせに無意味に小説化するのが好きなせいか、今の今まで語れなかった裏話その1です。
無駄に長い割に内容は稚拙という、いつも通りの駄目仕様ですが、お暇な時にでも斜め読みしてやって頂けましたら幸いです。
さー、次回はギャグ書くぞー。

虎鉄さんにはその様な過去が・・・、う~む、すごいですね。
次回はギャグですか~。
期待して待ってますw
・・・自分も何か書かなきゃな~・・・。(遠い目
プロフィール

神無月

Author:神無月
神無月(かんなづき)と申します。

主に株式会社トミーウォーカーのPBW『TW2:シルバーレイン』用のブログとしてなんか色々とまったりペースで徒然事が書かれています。
いぇー。

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。